移住者インタビュー

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2020年1月22日

森さん「もっと移住のハードルを下げても良いのでは?」

移住者名 森 瑞稀(もり みずき)さん
移住年月 2019年3月
移住スタイル Iターン
年代 10代~20代
家族構成 単身
職業 介護職員(社会福祉法人 苗場福祉会)

移住までの経緯・概要

千葉県で生まれ育ち、大学卒業までを実家で過ごしました。高校では調理を専攻し、その後管理栄養士を目指せる埼玉の大学に進学。大学には実家から片道2時間かけて毎日通っていました。東京寄りの千葉県内に住んでいたこともあり、電車はいつも満員電車。この先就職しても満員電車に乗り続けるのは耐えられないなと、関東圏以外の地方で就職する道を考え始めました。そんなときに思い出したのが、趣味の旅行で訪れた地方での生活。地方では関東圏ほど電車は混んでいないし、県庁所在地などの都市部なら交通網も発達していることから、地方で就職しようと考えるようになりました。移住イベントに行って各県・各市町村の資料をもらってきて、移住候補地を探す日々。近くに海があり、行ったことがある県に住みたいと、自動車免許の合宿で訪れた新潟をはじめ、仙台、富山でも探すことに。大学3年次の2月、移住フェアで声をかけてもらった燕市の企業でインターンを経験。新潟の寒さにも耐えられそうだと、新潟でも就職活動を始めました。ご縁があって、新潟の法人で就業できることになり、現在は新潟市内で一人暮らしをしながら、グループホームの介護職員として勤務しています。

きっかけ

就職活動が本格化する際、関東圏で働く意味を見出せずにいました。埼玉や都内で働くにしても、反対側の千葉市方面で働くにしても、どちらにしろ満員電車。さらに、休日に遊びに行く先も大手のチェーン店ばかりで、東京ならではの遊び方をしていたわけではありません。そう考えると「関東圏に住む必要はないのではないかな?」と考えるようになりました。それよりも旅先で触れた地方での暮らしのほうがストレスなく生活できると感じたのです。実際に燕市の企業でインターンをさせてもらったことで、新潟の冬を経験。インターン終了後、お土産を買うべく向かった新潟市で思ったより雪が少ないことや、体感温度では埼玉と変わらないことを感じ、新潟での生活のイメージがつくようになりました。その後、現在働いている新潟の法人からも内定をいただくことができ、新潟に移住する道を選びました。

よかったこと・苦労したこと

実は、他県から移住して受け入れてくれるかを不安に感じていました。しかし、職場の方たちは「なんで新潟に来たの?田舎なのに」と親身に聞いてくれたり、優しく接してくださったりと安心しました。私は料理が好きで、よく自炊をしているのですが、スーパーに柳カレイやカラスカレイなど知らない名前の魚がたくさん売っていることに驚きました。捌き方すら分からない魚は、その都度検索しながら調理しています。休日は新潟のまちを知るために自転車やバスを使って古町や鳥屋野潟などできるだけいろいろな場所に出かけるようにしています。ただバスの路線がややこしく、夏までは運転手さんに行き先を確認してから乗車していました。今は生活範囲内のバスはある程度覚えたのですが、他のエリアについてはまだ不安がありますね。他にもゴミ分別の違いは戸惑いました。千葉では燃やせないごみはプラスチックのゴミを指す言葉だったので、大量に燃やせないごみ用の袋を買ってしまったり。とはいえ、どこに引っ越しても分別は異なると思いますし、慣れれば問題ではなくなりました。

移住を検討している方へのメッセージ

Iターンというと、地域活性化を頑張ろうと意欲に燃えている人が多いイメージですが、一般企業に就職して自分らしく頑張るのもひとつの選択肢だと思っています。私の場合は、地方を何とかしたいというよりも、条件が揃った先がたまたま地方だっただけ。都内よりも家賃を抑えられるし、勤務地の近くにアパートを借りれば、満員電車に乗ることもない。都市部に住めば、車がなくても生活できる。そんな理想の生活に当てはまるのが、新潟でした。東京にはふるさと回帰支援センターや行政が開催している移住フェアなど、移住支援策を知ることができる機会がたくさんあります。こうした場所で担当者に話を聞くのが、一番確実だと思います。移住後は、新潟市役所と新潟市移住者応援有志の会「ミチシルベ」が共催している「HAPPYターン交流会(移住者交流会)」にも参加。知り合いが誰もいない状態で移住してきましたが、イベントに参加したおかげで、職場以外の人との交流も生まれ、日々の生活がより楽しくなりました。移住をかたく構えすぎることなく、もっとハードルを下げても良いのでは?と思います。

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