新潟市 移住・定住 情報サイト HAPPYターン

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移住経験インタビュー

長島さん「越後の国で夢をカタチに」

移住者名 長島 邦英(ながしま くにひで)さん
移住年月 2016年4月
年  代 30代~40代
家族構成 妻、長男、次男
職  業 会社員                                  

移住までの経緯・概要

生まれは埼玉県ですが、15年ほど前に当時の新津市(現新潟市秋葉区)にある会社に就職し、それから3年間新潟に住んでいました。その後、転職をきっかけに愛媛県に移り住み10年ほど暮らしていたのですが、将来の事を考える中で、一度きりしかない人生なのにこのままで良いのだろうかという思いが募りました。いずれは起業したい、それも大好きな歴史を活かした事業を手掛けたいというのが私の長年の夢でした。そんな時に出会ったのが、新潟市にある現在の勤務先です。この会社は、起業を目指す人を積極的に支援していて、ここで働くことは自分の将来にとってプラスになると考え、転職を決意しました。そして再び、私と新潟との縁が生まれました。新潟県は、上杉謙信公ゆかりの地でもあり、転職先を考えるにあたりその事も少なからず影響しました(笑)。2016年4月からまず私が新潟市に住みはじめ、その年の秋に妻と子ども達も引っ越しをして、一緒に住み始めました。

きっかけ

私の場合、いろんな要素がうまく合わさったという感じでしょうか。その中でも、今の会社から内定をいただいたことがやはり大きいです。起業家を育て、地方に優良な企業を創出することにより地域の活性化を図り、日本を変える原動力とすることを目指す「起業採用」というものがあり、募集内容の「入社後2~3年で起業を考えている人」という点が自分の希望とマッチしていました。また、将来的に会社を興したり、新しいビジネスを立ち上げるにあたり、ある程度の都市規模を持つという点でも新潟市がとても魅力的に映ったんです。

歴史好きで、将来のビジネスのコンテンツにも歴史を活かしたいと考えている自分にとって“上杉謙信公の生誕の地・新潟”というのも大きなキーワードになりました(笑)。(※上杉謙信は今の新潟県上越市の生まれ。)

愛媛で生まれ育った妻に、新潟の魅力をプレゼンして移住を説得するのは、仕事以上に大変なところもありましたけど(笑)、最終的には家族みんなの理解があって、移住することができました。

よかったこと・苦労したこと

現在は西区に住んでいますが、小学校に通う長男が転校後すぐに学校に慣れることができたのは、親としてよかったと感じています。学校側に転校生をうまく受け入れる環境や体制があるように感じ、安心できました。

また、子どもと一緒に過ごすという面でも特に新潟市の良さを実感しています。家族で佐潟にハクチョウの群れを観に行ったり、ビッグスワンスタジアムにアルビレックスの応援に行ったりと遊ぶ場所には事欠かないですね。子どもはサッカーが大好きなので、J1の試合を間近で見て興奮していました。

私自身も知人から紹介してもらった「Sea Point Niigata」というコワーキングスペースのある海の家で自分と同じように移住した方をはじめ、新潟を盛り上げようとさまざまな活動をしている方と知り合えたのは、非常によかったことです。

苦労した点は、クルマがないと移動の面で若干のストレスがあること。そして、冬場は洗濯物が乾かないことです(笑)。ですが、これは新潟だけというわけではないし、ほかの地方都市や日本海側なら直面する問題ですから、少しずつ慣れていけると思っています。

 

移住を検討している方へのメッセージ

特に首都圏に住んでいる方には、新潟市は中核都市としての機能がきちんとありながら、中心部から少し離れれば豊かな大自然が広がっているなど、いろんな面において、居住するメリットがたくさんある場所だとお伝えしたいですね。新幹線に2時間乗れば東京にも行けますし。

大都会での生活を極端に変えることなく、快適な新生活を始められると思います。適度に都会で適度に田舎――全国的に見ても、こういう都市ってあまりないのではないでしょうか?必ず、暮らしやすさを感じられるはずですよ。

私は、まだ愛媛に住んでいる頃から、毎年夏に上越市で行なわれる謙信公祭に武将役で参加しています。今年は同じく新潟市に移住した会社の同僚と一緒に参加する予定です。また、新潟市も調べてみるといろいろと面白い歴史があるんですよ。歴史好きの方にとっても新潟県、そして新潟市はおすすめです。

 

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戦(いくさ)をしたくて仕事を変えた男のブログ